彗星は何処に消えたか~十二歳~
カロスへの留学は瞬く間に終わりを迎えた。
ラヴァンドは帰国後、息つく間もなく父のもとを訪ねた。オーキド研究所の代表である父に向けた言葉は、自分でも驚くほど淀みがなかった。
「私、オーキド研究所で働きたい。研究員として、雇ってください」
モンデンキントも、ミカヅキも、ナナシマの事件を経て自分の歩むべき道を定めたらしい。ポケモンレンジャーを、ポケモンドクターを目指すと言って各々養成学校に入学するためにはるか遠い地方に旅立っていた彼らの背を、ラヴァンドも追いかけたかった。
それに、カロスでクレールに叩き込まれた発破が、今も胸の奥で熱い熱となっていた。
——私のラヴァンドちゃんは、そんなことで立ち止まったりしない! 私のラヴァンドちゃんは、いつだって、宝石みたいにキラキラ輝いてて、どんな星にだって手を伸ばしてた!
自分だけが何者でもない空虚に留まっている理由を作ることはもうできなくなっていたのだ。
なにより、オーキドの血筋として、それが課せられた役目であると、ラヴァンドは知っていた。
父がデスクから取り出したのは、一枚の雇用契約書だった。
補助研究員として、まずは見習いからのスタートになる。
インクを足したばかりの万年筆を握り、ペン先を落とす。
上質な紙の、つるりとした質感が指から伝わる。心地の良い冷たさだった。
カリッと鋭い音が静かな部屋に響いて、ペン先が紙から離れる。黒々としたインクだまりが残される。
一息置いて、最後に自著の欄へ一気に名前を書きこんだ。
Lavand Okido
ポケモン学界で、この姓が背負う期待と重圧は計り知れない。この契約書に名前を記すと言うことは、その重圧を引き受けると言う宣言でもあった。
もう覚悟したことだ。
みんな、自分の道を歩き出した。だから、私も歩き出さないと。
けれど、ペンを置いた瞬間にふと頭をよぎったのは、たった一人の連絡のつかない少年の顔だった。
モンデンキントやミカヅキとはナナシマの事件のあとも細々と連絡を取り続けていた。だが、アルマディンだけはナナシマを後にした日を境に音信が途絶えていた。
一緒にミシロに帰ったミカヅキによれば、実家に帰った後、少しの休息を取ることもなく家を出て、今や行方不明同然らしい。
彼の不在はラヴァンドの中でぽっかりと空白のままになってしまった。
窓の外、さめざめと降り続ける雨空を見上げて、彼女は小さく呟いた。
「君は今、どこで何をしてるの」